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    <title>ホロス松戸クリニック</title>
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    <subtitle>ホロス松戸クリニックではホリスティック医学を理念としさまざまなアプローチを提供しています。ホリスティック医療においては、ワークショップ・カウンセリング・リラクゼーション・ホルミシス療法を、また、最近になりメディアで取り上げられるようになった栄養医学・栄養療法にも糖鎖栄養療法やナイアシン等において取り組んでいます。アンチエイジングへの積極的な取り組みのひとつとして、エンダモロジーとトレチノイン・ハイドロキノン療法およびメソセラピー(脂肪融解注射)を行なっています。</subtitle>
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    <title>愛犬ろく・セラピードッグつれづれ日記 - 新着情報</title>
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    <published>2011-09-14T07:18:54Z</published>
    <updated>2011-09-14T07:19:20Z</updated>

    <summary>愛犬ろく・セラピードッグつれづれ日記 第5話「ろく、お仕事モード全開！？」を掲載...</summary>
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        <![CDATA[<p>愛犬ろく・セラピードッグつれづれ日記<br />
<a href="http://www.holos-matsudo.com/blog/therapy_dog_roku/5.html"><br />
第5話「ろく、お仕事モード全開！？」</a>を掲載しました。</p>]]>
        
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    <title>インセプション - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-09T06:23:40Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:53:12Z</updated>

    <summary>　主人公コブ（デカプリオ）は、相手が眠っている間の潜在意識に潜入し、 相手の持っ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　主人公コブ（デカプリオ）は、相手が眠っている間の潜在意識に潜入し、<br />
相手の持っている情報を盗むという産業情報スパイである。<br />
　彼は、最愛の妻とともに夢の世界をトリップしているうちに、<br />
永遠のリアリティーを体験する世界を創造する。<br />
最愛の妻との永遠のリアリティーの世界・・・。<br />
コブは、ひそかに相手に知られずに、ある情報を相手の潜在意識に植え込み、<br />
その情報が種になって自然に芽生えるようになり、<br />
その人の人生そのものを変化させてしまうスキル（インセプション）を持つようになった。　<br />
　彼は、競合企業の破たんを目論む日本企業のドン、サイトー（渡辺謙）から、<br />
相手企業の次期後継者がその企業が崩壊するような情報をインセプションするよう依頼される。<br />
　この作業は、潜在意識でも非常に深いレベルでの作業が必要とされるために、<br />
第一層から第三層までの夢を構築する。<br />
第一層から順に、相手を巻き込んだ夢の共有世界に入り、<br />
第三層で相手の深層心理に決定的な情報を植え付ける。<br />
　チベット仏教の密教に、ゾクチェンという深い瞑想の技法がある。<br />
そこで説かれている人間の意識には六つの階層がある。<br />
　①肉体レベルで生きている意識的存在、<br />
②肉体的に死んでしまっているがまだ肉体レベルの世界に存在している意識的存在<br />
（死を本当に認知せず執着している期間）、<br />
③それを超えてより広く包括的で高度に発達している意識的存在、<br />
④ある極点を超えられずに肉体的存在への再生に向かうプロセスを通っている意識的存在、<br />
⑤夢の意識体験、<br />
⑥瞑想状態の意識、である。<br />
　①の肉体内に閉じ込められている意識体は、<br />
肉体がもつ情報処理能力（パソコンでいうCPU）が低いために、<br />
非常な難儀を伴う。生まれてからこの肉体世界に慣れるまで時間がかかる。<br />
すべてを忘れて一からやり直さなければならない。<br />
外界のノイズに悩まされる。物質的な執着が生まれるために苦しむ。<br />
　①の意識存在以外の意識レベルは、肉体の制限がないために、情報処理速度が非常に速い。<br />
だからこの映画では、肉体レベルの数分間という時間が、第一層では数時間、<br />
第二層では数カ月、第三層では10年間という体験内容になる。<br />
　これをお読みの方に想像していいただきたい。<br />
ホンの数分間の夢でどれだけの世界を旅しているか思い出して欲しい。<br />
　この映画では、想像の限りをつくした永遠のリアリティーを体験できる魅力の<br />
虜になった主人公は、妻に対してある過ちをおかす。<br />
　そして今の自分にとって本当のリアリティーとは何か、を最後に体験する。<br />
　①から⑥までの世界は、その世界ごとにすべてリアルである。<br />
そして、⑥の瞑想の行為によって本当に覚醒すれば、<br />
すべてがそのままにリアルであることを知り、達成され、光の中に帰還する。<br />
　しかし、何ゆえに肉体としての存在を自分は選んでいるのか・・・。<br />
あるいはかつて肉体の世界に入ることを選び、あるは永劫に選び続けるのか・・。<br />
　この映画の最後に流れた曲。映画の中で使われていた、グランディングの曲でした。さすが・・。</p>]]>
        
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    <title>グリーン・ゾーン - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-08T06:24:49Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:53:09Z</updated>

    <summary>2003年3月アメリカは、大量破壊兵器を持っているとの口実で、イラクに対して攻撃...</summary>
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        <![CDATA[<p>2003年3月アメリカは、大量破壊兵器を持っているとの口実で、イラクに対して攻撃を開始しフセイン政権を倒し、フセインを処刑した。<br />
アメリカは、「9.11」をテロリスト・アルカイダの攻撃だというストーリーを捏造し<br />
（9.11は明らかにアメリカの最高権力の組織が内部から仕掛けた演出事件であった）、<br />
さらにイラクを攻撃するために、大量破壊兵器を持っているというストーリーを捏造した。</p>

<p>このような情報は、少しばかり関心を持っている人間であれば、誰でもが街の書店でも、どこでも入手できるし、一部では常識になっている。<br />
石油の利権を守るためにフセインが邪魔だったということと、戦争中毒で常に戦争を仕掛けてないと、中毒が切れて経済危機という症状がでてきて、アメリカの経済や兵器産業が回らないという歴史的構造があった。</p>

<p>「グリーン・ゾーン」ではマッド・デイモン（ロイ・ミラー軍曹）が、大量破壊兵器を発見するというミッションを遂行する部隊のリーダーを演じている。<br />
戦争を仕掛けた大義名分がそれであるから、探し出さなければならない。<br />
上層部から流される大量兵器が隠されているという情報をもとに、現場に何度も行っても、何にも見つけられない。銃撃戦を交えながら、現場を押さえようとするが、痕跡さえないために、ミラー軍曹はでっち上げの情報と気付き始める。<br />
情報提供のルートも不明、発信者も不明。調べようとすると上からの妨害が待っている。<br />
現代兵器のことだから、車で逃げても素足で逃げてもその位置は、全部カーナビと軍用ヘリのディスプレイから観測され、執拗に追跡される。あれだけのハイテクをもっていれば、イラクを破壊することはごく簡単なことだろう。</p>

<p>アメリカは、イラクの政治体制を破壊したばかりではなく、意図的に再生不能になるような仕掛けをする。<br />
復興のきっかけとなる、地元のあらゆる組織を解散させた。当然、イラク国内は無政府状態、収集のつかない内乱状態に陥る。</p>

<p>先日見た『ハートロッカー』は2004年のイラクが舞台で『グリーンゾーン』（2003年)の後に生み出された世界である。<br />
はじめから大量破壊兵器もなく、「敵」もいなかったのだ。<br />
その結果、アメリカは自ら演出した幻想に悩まされている。</p>

<p>『アバター』『ハートロッカー』『グリーン・ゾーン』という流れを見た人間は何万人いや何十万人いるだろうか。</p>

<p>彼らは、もはやアメリカに対して信頼を抱かないだろう。<br />
彼らの行動は、さらに周囲の人々に伝搬して行く。<br />
彼らの脳に植え付けられた、アメリカ不信という集合的な無意識的エネルギーは必ず近い将来現実の形になって現れると思う。</p>

<p>ただ、アメリカのすごいところは、権力に逆らって平気でこのような告発の映画を製作できる事だろうと思う。<br />
日本人のだれが、このような離れ業をやってのけられるだろうか。<br />
アメリカ合衆国憲法の精神はまだ生きている。その精神は実はネイティブの精神でもある。</p>

<p>国家というのは「幻想」である。本来的に実体のないものなのだ。<br />
人間の思考が生みだした虚像である。それはあることのための道具に過ぎない。<br />
国家というのが何であるのか、<br />
国家間というのはどのようにあればよいのか、<br />
その道具をどう使うか。</p>

<p>それは人間の思考に委ねられている。</p>

<p>イラクの民は、アメリカの幼稚で強引な力で傷つけられた。しかし、イラクの民の尊厳は決して傷は付けられない。<br />
結局、傷ついたのはアメリカだったのだ。アメリカは自らのうちに敵を作ったことで誤った。</p>

<p>その時代は終わった。</p>

<p>これからは、情報その他を「共有」しないと人類は生存できない。</p>]]>
        
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    <title>ハート・ロッカー - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-07T06:25:36Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:53:03Z</updated>

    <summary>2004年のイラクでの物語。 主人公は、テロ組織が仕掛けた爆弾の処理班の軍曹。 ...</summary>
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        <![CDATA[<p>2004年のイラクでの物語。<br />
主人公は、テロ組織が仕掛けた爆弾の処理班の軍曹。</p>

<p>私は、二つの印象を受けました。</p>

<p>一つ目は、アメリカの世界における覇権主義、軍政支配の終焉が描かれていて、要するに強いアメリカはもうなくなったという映像。過去の話だということです。<br />
アメリカは、この数百年の間、政治や経済を支えるために、常に戦争を仕掛け続け、戦争中毒の歴史を繰り返してきました。世界でダントツに戦争を仕掛けた国家です。<br />
アメリカは、全世界の60%の軍備を誇っています。アメリカ国家を維持するためには、その兵力を維持し、兵器を消費し、兵器産業を維持することが要件でしたが、国家の経済がそれをもう許さない状況にあります。<br />
ソビエト共産主義体制が崩れ、敵国がなくなると、今度は9.11で自作自演の「敵」を捏造して、石油の利権を確保する目的もあって、イラクに侵攻しました。<br />
しかし、イラクの現場で起きていることは、この映画がよく物語っていると思います。<br />
この映画では「敵」が見えない。常に見えないテロ組織と戦い、戦う目的も分からない。<br />
戦う相手を見失ったアメリカは、今度は狂気に満ちた意味不明の戦いの泥沼に嵌まってゆきます。<br />
2004年時のアメリカの「現実」が、イラクの現場を通してよく理解させてくれた映画だと思いました。</p>

<p>二つ目は、「今を生きる」という感覚をこの映画で学びました。<br />
どこに敵が潜んでいるのか、どこから銃弾が飛んでくるか分からない中で、いつ爆発するか分からない目前の爆弾を処理する緊張感、恐怖。巧妙に仕掛けてある起爆装置。隣にいた戦友が瞬間被弾して即死する。目前で爆弾が炸裂して仲間が吹き飛ぶ。明日の自分の命もサイコロの目が出るように不確か。<br />
そのような恐怖、ストレス、苦痛、地獄の日々を、防爆服を脱ぎ捨てて、爆弾の信管を外す作業を続ける命知らずの軍曹の心理、いや人間としての普遍的な真理が描かれています。<br />
彼は、39日間の任務を終えて、平和で平凡な妻子のいる家庭に戻ります。<br />
一歳の子どもにおもちゃを与え、喜ぶ顔を見て彼は言います。<br />
「お前もこの年になっておもちゃがブリキで出来ていると分かったら・・」楽しくなくなるだろうというようなことを言います。<br />
そして彼はまた志願して、緊張と不安と恐怖の現場に赴任して行きます。その道を彼はあえて選んだ。敢えて<br />
私は、昨年あるセミナーで、有名な登山家の話を聞きました。<br />
彼は、妻を含めて登山仲間を今まで53人失っています。ホンの一瞬、偶然のタイミングで、自分が助かり、目の前で仲間3人が雪崩に巻き込まれて死んでゆくなどなど体験しています。<br />
でも彼は言いました。<br />
「なぜ登山をするのかと聞かれるが、生きていることが実感できるからだ」と。<br />
多くの人々は、日常性の中に埋没して生きていて、それが安心だからと思っている。<br />
その安心と考えている領域がはたして、自分の心の中に何を生み出しているのか、人生においてどのような意味や価値を生み出しているのかをあまり振り返ろうとしません。そして不満だらけの人生だという人も結構多い。<br />
しかしある人間は、その安心領域を抜け出し、飛び出した時に得られる、ある種の快感を手に入れると、もう戻れなくなるのかも知れない。</p>

<p>私は、学生時代に自殺願望と不安神経症に悩まされ、学業を放り投げて親不孝をし、ヨーロッパ、中近東、インドを放浪していたことがあります。現実世界を超えた、何とも言えない広い世界、解放された世界がありました。<br />
その体験をしたあと、私は一介の医師として働き続けてきましたが、自分の世界においては、まだ社会復帰ができない人間でいるような感覚があります。<br />
いや、この映画の主人公のように、飛び続けることができなかった自分がいるだけなのかも・・。<br />
飛べたことが幸せか不幸か分からない。しかし一度飛んだら飛び続けないと不幸なのかも知れない。<br />
多くの人々はもし飛べたら・・と考えている。しかし多くの人々は飛ぼうとしない。飛ばない。</p>

<p>不思議だ。</p>

<p>とにかくまた飛んでみるか・・。この主人公のように。<br />
どんな状況でも状況のせいではなく、自分のせいで生きるために。</p>]]>
        
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    <title>アバター - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-06T06:32:55Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:52:40Z</updated>

    <summary>人類の近い将来、内面的にあるいは一部外面的に起こるであろう「現実」を先取りして制...</summary>
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        <![CDATA[<p>人類の近い将来、内面的にあるいは一部外面的に起こるであろう「現実」を先取りして制作された映画のように感じました。<br />
今まで、世界経済を支配するためであれば、どんな演出であろうが仕掛けて、戦争という手段で儲け、相手の資産を奪取するという今までの影の権力構造と、ガイアあるいはホリスティックな生命体系を認知する高度に発達した人種との葛藤がテーマでした。</p>

<p>アメリカのマスコミでは、米軍に対する批判的な映画だと書かれたそうですが、然りです。正確に言うと、米軍ではなく、そのやり方を踏襲してきた連中に対してです。</p>

<p>主人公ジェイク（サム・ワーシントン）は、海兵隊精神の持ち主。「ジャーヘッド」（ジャー（瓶）頭＝空っぽ）という湾岸戦争の映画がありましたが、良い意味で、恐れを知らず新しい世界にチャレンジして行きます。</p>

<p>人間世界と、パンドラという星のヒューマノイドの世界との行き来しているうちに、本当の自分がどちらか分からなくなり、しまいにはパンドラに生息する知的生命体のナヴィ族の世界観や生命感に共感し、その価値観に生きることを決心します。</p>

<p>ブルーの身体、低酸素世界、「アンオブタニウウム」という空中に浮遊する鉱物などなど、いろいろと書籍をひも解くと、それなりに発見するアイテムで、とても興味深い構想です。</p>

<p>今の人類も、そろそろ進化する道を選ぶ時かな？</p>]]>
        
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    <title>おくりびと - 院長の日記</title>
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    <id>tag:www.holos-matsudo.com,2011:/blog//4.84</id>

    <published>2011-09-05T06:33:56Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:50:25Z</updated>

    <summary>納棺師の映画です。チェロ演奏者だった主人公が失業し、ひょんなことから納棺師になり...</summary>
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        <![CDATA[<p>納棺師の映画です。チェロ演奏者だった主人公が失業し、ひょんなことから納棺師になります。遺体が火葬されるまでのわずかの時間、生前の美しさまで、いやそれ以上に美しく着飾りメイクして行きます。<br />
さまざまな死と向き合い、死に行く人々と残される家族との濃厚な人間ドラマが展開されます。死んだ時がその人の人生の総決算だとすると、納棺師はその凝縮された時間の一人の演出者ともいえます。<br />
人は必ず死にます。しかし不思議なことに、ほとんどの人々はそのことを意識して生きていない。生きている時間を粗末にしている。<br />
私は、ある程度死を意識して生きることを考えてきたと思っていましたが、この映画を観て、自分が遺体になった時のことを強烈に想像し、改めて生き方を考え始めました。</p>

<p>また最近映画『ベンジャミン・バトン』も観ました。80歳という高齢の身体で誕生し、年を経るに従って若返り、最後は赤ん坊になってこの世を去る運命に生まれた男の一生を描いた作品です。　人は身体的に年を経て老化しこの世を去ってゆきます。しかし彼は、時間を逆に生きて行く。進む方向が真逆なために、すれ違う速度が速く、つまり人々と別れる速度が速く、それだけ多くの人々との離別を体験します。</p>

<p>　生きるということはある意味で離別を体験することでしょう。だから時間を未来からみて、離別があるとするとその間どのように生きたいのか。　 人は死をあまりにも意識しなさすぎる。もし死期を意識したら生き方は雲泥の如く違う生き方をするに違いないと思います。</p>

<p>　この2本の映画、機会があったらぜひご覧ください。<br />
　 火葬場の職員（正吉（笹野高史））が穿ったことをいいました。死は門で、自分は門番なのだと。みな旅立ってゆき、また会うのだと・・。そう考えると人生における出会いも少しは変わるかも知れませんね。</p>]]>
        
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    <title>最高の人生の見つけ方 - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-04T06:34:58Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:49:42Z</updated>

    <summary>先日、映画『最高の人生の見つけ方』を観てきました。 超大金持ちの実業家（ジャック...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.holos-matsudo.com/blog/">
        <![CDATA[<p>先日、映画『最高の人生の見つけ方』を観てきました。</p>

<p>超大金持ちの実業家（ジャック・ニコルソン）と極めて記憶力の優れた能力はあるが、<br />
経済的にはソコソコの車のエンジニア（モーガン・フリーマン）。<br />
その二人が同じ病室になり、がんであと6ヶ月の余命と診断される。<br />
人生においてやり残したことは何か・・を書き出し、それを実現するために残された時間を「生きる」というストーリーです。</p>

<p>「そうでしかない」あるいは「このようでしかあり得ない」と思い込んでいて、自らを制限して生きてきた人生を振り返って、それが「いったい何であったのか」を知る時がきます。</p>

<p>僕は、この現象は誰にでも殆ど平等に必ず起きるように思います。殆どの人の場合は、死の直前です。あるいは死のプロセスにおいてです。<br />
でも私の経験では、死の直前でもそれを問わない人、問うことを知らない人、疑う人もいます。</p>

<p>何人に一人か分かりませんが、死の直前ではなく、生きている内にそのことを知り、創造的に生きる人がいます。<br />
自分の人生の目的は何か、今の自分の人生の目標は何か、それはなぜか・・・を書きとめ、理解し意識して生きている人がいます。</p>

<p>あと6ヶ月の命！と言われたときに、あなたなら、どのように生きるのでしょうか。</p>

<p>いや「明日死んでもいい」という今日一日の生き方を決めて、今日という二度とやってこない貴重な時間を意識して、<br />
1日を味わい、生きる人はどのくらいいるのでしょうか。</p>

<p>「それ」はたった一つのこと、ホンの些細なことでもいいのです。<br />
ホンの些細なことでも、実はよく考えるとかけがえの無いものかも知れません。<br />
「野に咲く一輪の花」の意味深さ、完璧さに気づくことは、生命を俯瞰的に観る機会を与えてくれるように思うのです。</p>

<p></p>

<p><br />
<strong>最高の人生の見つけ方　－がんで死んでもかまわない、っか？－　</strong><br />
 </p>

<p>現代社会では、3人に一人はがんで死にます。<br />
がんで死ぬことになったということは、結果から見るとがんについては、がんで死ぬような人生の生き方以外のことはしてこなかったとも言えます。</p>

<p>3人に1人ですから、極めて当り前、超平均的な死に方です。私は、だから「それがどーした」と思うのです。</p>

<p>その現実に対して、<br />
医師や医療機関がどれほどの成果をあげているか。<br />
医者は病人を、がん患者を助けなくてはならない。<br />
しかし、助けられない患者のほうが圧倒的に多い。やらなくもいいことまでやる医者もいます。</p>

<p>この現実には、無力ささえ感じます。</p>

<p>そのとき、医者は何を考えればよいのか・・。</p>

<p>余命、カウントダウンの宣告という非情なことで終わるのか。あるいは避けられない死を、どのように医師あるいは<br />
それを超えた者としてとして考えるのか。<br />
救えないものをどう救うのか。そもそも救いとは何か。</p>

<p>『最高の人生の見つけ方』でそれを教えたのは、医者ではなかった。看護士でもなかった。<br />
気づいたのは患者自身だった。<br />
教えたのは患者同士であった。</p>

<p>生きるとはどのようなことか、病むとはどのようなことか。<br />
病みを克服するということはどのような行為か。<br />
そもそも自分の人生とは何であったのか、<br />
知人、友人、家族とは何であったのか、<br />
愛するということはどのようことか、<br />
許すということはどのようなことか、を教え、学び、再び人生を創造する。</p>

<p>死を宣告するよりも、「生きられる時間のあること」ことに気づかせたのは誰か。<br />
「それが何か」を思い出せた者はだれか。</p>

<p>医者でもなく看護士でもなかった。患者自身であったのです。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><strong>最高の人生の見つけ方　－死にはしない－</strong></p>

<p>そもそも「死」はあり得ないと僕は思っています。</p>

<p>「自分」は、今肉体に宿っていて、肉体という物質存在を通して、物質化した生命現象を体験しているのであって、<br />
「自分」そのものという本来の意識的存在は無くなりっこないのです。<br />
それを教えられたことがなく、自覚しようとしたことがないから、当り前の感覚なのに、知らないだけの話だと思っています。</p>

<p>瞑想は何のためにするかというと、そのことを思い出すために、そのことを体験として検証するために行う心理的な行為でもあるのです。</p>

<p>人間には「見える世界」と「見えない世界」がある。<br />
「見える世界」は、川の流れの前に立って、時々刻々と変化する定点を見ている世界。<br />
「見えない世界」は、川全体、川の存在そのものを見ている世界です。<br />
人間は、必ず肉体的な死を迎えます。それは進化のプロセスです。</p>

<p>だから大切なことは、自分が今どのように生きているか、という自覚を持ち、意図的に生きることであると思うのです。<br />
『最高の人生の見つけ方』は、神が与えてくださった、<br />
「体験の時間」という宝物をどのように創りだすか、<br />
ということであると思います。</p>

<p>それはまた「永劫の時」でもあると思います。</p>]]>
        
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    <title>つぐない - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-03T06:37:18Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:49:10Z</updated>

    <summary>つぐない　－苦しみとともに－ 先日、映画『つぐない』を観てきました。映像と音楽が...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.holos-matsudo.com/blog/">
        <![CDATA[<p><strong>つぐない　－苦しみとともに－</strong></p>

<p>先日、映画『つぐない』を観てきました。映像と音楽がとても美しい映画でした。またテーマが深遠なのですが、私にとって身近な問題でもありました。</p>

<p>ストーリーは、劇作家を夢見る少女ブライオニーが、ある偽りの証言をすることから、自分の姉とその恋人の人生を不幸のどん底に陥れることになります。<br />
成人したブライオニーは看護士になり、人間の苦しみを救うという道を選択します。人間の「痛みと苦しみと共に生きる」苦しみを自らに課して、かつて犯した罪をつぐなおうとします。</p>

<p>結局、彼女は作家としての人生を選択し、そのつぐないのために一生涯をかけて、苦しみながら「つぐないの行い」として、この作品を書き上げます。作品を生み出す行為そのものが、つぐないを果たし、彼女を自らの救いに導くものでした。</p>

<p>自分は罪を犯した、自分は人を傷つけてしまったという思い込み、その後悔の念を抱いて、自分を責めながら、つぐなうための生き方を模索する・・。</p>

<p>このことは、日常の人生において、私たちの誰もが心の中で引き起こしている光景のように、私には思えます。<br />
ただ多くの人々は、それが意識化されずに、人生をやり過ごしていることが多いのではないかと思いますが・・。<br />
しかし、潜在意識は確実に働き、その人の人生に、生き方に、人間関係のあり方に影響を及ぼしていることは明らかです。</p>

<p>人はしばしば（というよりも誰もが）、人を傷つけたあるいは傷をつけられたと思い、意識的あるいは無意識的に自分や相手を責め苦しみます。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><strong> つぐない　－道－</strong><br />
 </p>

<p>この映画の根底にあるものは、「罪の意識」と「つぐないの行い」と「許し」というキーワードだと思います。</p>

<p>私が、人生において医師という道を選択したのはなぜか・・。自分で感じるのですが、おそらく過去世か幼児期か分かりませんが、自分に罪の意識を感じたからではないかと思います。自分を許せなかったから、自分を許すために、人の痛みや苦しみと共に生きる道を選んだような気がします。<br />
そして、診療において、自分を責めて苦しむ人々に、自分をそのように責める必要のないことを伝えているのです。矛盾しているようですが。</p>

<p>来る日も来る日も、人間の精神的、肉体的な苦しみと対峙する心療内科医という職業。実は、内心この仕事を辞めたくなることがあり、逃げ出したくなることもあります。しかし、このようにしてやってこられたのは、その道の中に、苦しむことの中に、一条の光があったからだと思うのです。</p>

<p>「つぐないの行い」の先には、許されたという体験が待っている・・と人は期待します。<br />
しかし、「自分が」自分を許さない限り、本来それはやってきません。そのためには、自分が自身を許す物語を作ることと、それを実現することをしなければなりません。</p>

<p>この映画の主人公ブライオニーは、看護士というつぐないの行いだけでは、実現しないことを知り、内面的な人生の意味を生み出そうとしました。創作という活動です。<br />
人生において、過去の事実を変えることはできません。人間にできることは、過去の事実をどのように受け止め、「今」という与えられた貴重な時間を、自分の人生をどのような意味として生み出し、それを体験的に実感として生きるかいうことでしょう。</p>

<p>人間は、自分を許せない、あるいは許されていないと思うから、自分を許そう、あるいは許されたいという道を求める。瞬間だけ、許し許されたというすばらしい体験がやってくるかも知れませんが、すぐにまた自分や人を許せず、許そうという道を歩んでいる。そんなゲームの繰り返しが、人生なのかも知れません。</p>

<p>　 おそらく、許されたという体験ほど素晴らしい体験はないから、この世ではなかなか続かないし、常識を遥かに超えたことだから、周囲に影響されてすぐにフツウに戻ってしまうのでしょう。</p>

<p>　 しかし、真摯にその道を歩み、一切を廃して人生に望むことは、崇高な価値のある生き方であると思います。生涯をかけて、そのテーマに取り組み、彼女が出した結論を語る後半のスクリーンの重みはさすがでした。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><strong> つぐない－救い主－</strong><br />
 </p>

<p>人間として生まれ、何のためにこの世に来たのか、何をどのように体験したくて「ここ」にやってきたのか。</p>

<p>本来、「罪」という「存在」や「実体」などというものはありません。それは、人間が生み出した「幻想」でしかありません。でもなぜ、そのようなものを人間は生み出すのか・・。</p>

<p>私は、人間は罪の意識を感じ、「つぐない」を心に決め、それを通して何かを体験する必要性を感じているからなのだと思います。その中に生きる意味を見出すために、あるいは人生において感動をしたいからなのだと思います。実際この映画を観に行く人々がそうです。</p>

<p>私は、罪の意識を感じることが良いとか、良くないとかということを言っているのではありません。「それ」は、自分があるいは私たちが自ら創り出したものだということを知ったら、生き方が変わるだろうと言っているのです。それを理解することによって、人生をより主体的に選択的に生きられるようになるからです。</p>

<p>映画の主人公は、その人生の秘密を知り、人生の意味を変える知恵に気づいた人でした。<br />
罪の意識から離れて「意図的に創造的に生きなさい」という御言葉は、真実だと思います。<br />
自分が、人生において何をしていたのかに目覚め、真の自分が何であったのかに気づくときに、自分にとっての「救い主」とは誰のことを言っていたのかを知るのかも知れません。</p>

<p>愛すべきは、はからずも「罪」という意識を生み出し、それを取り戻すためつぐなうために、人生により深い意味、愛や共感や思いやりや一体感を生み出そうとする、「人間という存在」なのだと思います。</p>]]>
        
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    <title>犬と私の10の約束 - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-02T06:39:37Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:48:46Z</updated>

    <summary>映画『犬と私の10の約束』を先日観ました。観ているあいだ、ずっと涙が止まらなかっ...</summary>
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        <![CDATA[<p>映画『犬と私の10の約束』を先日観ました。観ているあいだ、ずっと涙が止まらなかった・・・。お恥ずかしながら、若干目が腫れましたね。</p>

<p>函館、そこは僕の故郷、心と魂の帰るところ。現実を越えた癒しの世界。明治維新の夢見た戦士たち、数々の文豪の故郷、ギリシャ正教の処女地。僕の人生のすべてが発見される地。美しい町です。</p>

<p>最近、毎月一、二泊で函館に行っています。行ってなにをするか・・。<br />
ただ「静かに」しているために帰っています。函館山で、近くの美しい大沼公園で、神の化身「駒ケ岳」の麓で、津軽海峡の海が見える丘で、ただただ「静かに」して、自分の心の奥底にある「あること」に耳を傾けつづけています。</p>

<p>私にとって、その地、函館でロケされた犬の癒しのストーリー、映画『犬と私の10の約束』でした。<br />
さらに実は、一年くらい前から毎週水曜日に受付嬢がクリニックに犬（ラブラドールとシェパードの掛け合わせ、黒といえば想像がつくでしょうか）を連れてきているのです。</p>

<p>彼女は、アニマルセラピー、ドッグセラピーに深い関心があり、自らその道の講師として活躍をしているのです。当クリニックは、なんと毎週がドッグセラピーのクリニックなのです。</p>

<p>で・・、私の「魂の地」函館と、ドッグセラピーのストーリーがあって、よけいに涙が止まらなかった・・。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><strong>犬と私の10の約束－医師・生命・人生－</strong></p>

<p> <br />
 主人公の父親は、大学病院の外科医。犬が苦手な男。学会、地位名誉、手術の時間に追われ、娘の誕生日に「心の灯火」ロウソクを買って帰れなかった父親。<br />
そんな彼が、将来を期待された大学病院の地位と名誉を捨てて、函館の街で開業をします。そのきっかけを作ったのが、主人公の斉藤あかりと犬の「ソックス」、それとあかりの彼氏でした。</p>

<p>最後のシーンで娘が、自分のせいで父親が好きであって望んでいた学問の道と、地位名誉の道を捨てざるを得なかったのではないかと、父親に問います。もしそうなら誤りたいといいます。</p>

<p>父親は、大学病院の医療世界を辞めて「街の医者」になり、「一人の人間として」患者さんに接することによって、もっとより多くのことを学んだことを告げます。自分の人生の選択に誤りはなかったことを娘に告白をします。<br />
名もない街の片隅（と言っては失礼、でもこの映画のキャラクターは誰もがそこら辺にいるような人々ですが）の「医師」が、娘と犬との生活を通して月並みかも知れないけれど、生きることに関する深い人生の哲学を学んだ、ストーリーがあるような気がします。</p>

<p>また、犬とともに生きることによって、「人間の視点だけから見た生命」をあつかう一般の医療をではなく、それを越えた医師としての在りかたを学んだことがあるような気がします。</p>

<p>僕は、かつて大学病院に学問が好きで10年間医局で学問と臨床と教育に携わっていました。精神医学教室で、精神病理学、ことに芸術療法の表現病理学を研究していたのです。　<br />
しかし、ありきたりの学問では人の心を癒すことの限界を感じ、先端の学問とその殿堂を捨てて、街の中で病める人間の中に身を投じ、彼らとともに生きるという道を選びました。また形にとらわれない医療を心がけてきました。<br />
その体験や、いま自分が日々犬とともに生き、またクリニックで犬が患者さんを癒している姿をみて、今回の映画と重なって、よけいに心のそこから深い響きを感じました。</p>

<p>犬と接することによって、一般の医療であつかう人間という枠を遥かに超えて、生き物として、命あるものとしてどのように生きるか、また医療のあり方について学ぶことができます。</p>

<p>そこに目を向けると、たかが犬、されど・・されど犬です。ホント、深いです。</p>

<p></p>

<p></p>

<p><strong>犬と私の１０の約束　－なぜ犬なのか－</strong><br />
 <br />
 <br />
なぜ、犬が人を癒すのか・・。なぜ、人が犬で癒されるのか・・。</p>

<p>答えは簡単だと思います。犬には人間が持っている複雑で余計な「理性」がないからです。</p>

<p>他の動物には備わっていなくて、人間には備わっているのですが、それが逆に作用して不幸になっている。いっそのことそれがない動物から矛盾した能力を使っている人間を見る鏡として動物がある、と考えてみるのも一つの手であると思います。</p>

<p>人は、あまりにも「理性」で人を傷つけ、自分に傷をつけるから。傷が癒えない。平和に暮らせない。<br />
いまの人間は、理性の使い方を知らない。理性は、よりよく生きてゆくための「道具」なのに、人間はそれを忘れてしまったのだと思います。</p>

<p>ハッキリと経験的に思うけれど、理性では人の心の傷は癒されません。いくら理性的に学問を深めても、人間や動物を心理学的に分析してみても、決して癒しの道は開かれません。そこには癒しの道はありません。それは精神医学の歴史をみれば分かる歴然とした事実です。</p>

<p>癒しは、その人の内面的なあり方と現実的な行為から結果として生まれる感情的な体験です。科学としての医学や学問を超えた問題なのです。<br />
逆に、理性にこだわろうとするほど、結果としてあまりにもしばしば人の心の傷を深める。<br />
僕は、来る日も来る日も、臨床の現場で人の悩みや苦しみにつきあっているから、より分かるのですが。余計な潜在意識的な人の「理性」が、人の「心」を悩ましている。<br />
人は、なぜ悩み苦しむという体験をするのか・・。それは深いところで、魂がその理性のあり方が違う！という叫びをあげるから、悩み苦しみという感情として感じているのです。</p>

<p>国境に線を引き、奪い合い、戦争やテロを引き起こす。人種や出身を差別する。宗教のドグマが違うといっては相手を攻撃する。政党間で自分たちだけが正しいといいセクトを作る。この方が自分たちに便利だからといって生態系を破壊し、環境を汚染する。ぜんぶ人間のある理性が引き起こしている現象です。<br />
決して理性が悪いと言ってはいません。人間が理性の用い方を忘れたと言っているのです。</p>

<p>本当に癒しを求めようとするならば、理性の道を離れたほうが早く実現する。直接、感性や感情の世界を対象としたほうが、目的は早く達成される。それは身体感覚を使うということ、身体で求める感情を味わうということです。<br />
なぜ、犬が人を癒すのか。お分かりでしょう。</p>

<p>患者さんが、クリニックの待合室にただ横たわっている「ソックス」に瞬間的に癒されるのは、犬は言葉をもたず、人間がお互いに傷つけるような理性を持たず、ただ素直に生きて見せているだけの話だと思うのです。</p>

<p>今週も癒し犬「ソックス」は、人間が未熟にも裸足で歩くことの痛みを、和らげる役目をクリニックで果たしています。私は、「ソックス」の偉大なる能力にはただ脱帽です。</p>]]>
        
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    <title>新しい人生のはじめ方 - 院長の日記</title>
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    <published>2011-09-01T06:41:15Z</published>
    <updated>2011-09-14T06:47:49Z</updated>

    <summary>映画「新しい人生のはじめかた」Last Chance Harvey を見てきまし...</summary>
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        <![CDATA[<p>映画「新しい人生のはじめかた」Last Chance Harvey を見てきました。</p>

<p>やっぱりダスティン・ホフマンはいいですね。<br />
何気ないストーリーだけど、誰でも経験している、人生の寂しさと温かさ、ぬくもり・・・。</p>

<p>ダスティンの一瞬一瞬のまなざしが、悲しさ、勇気、優しさ、喜びなど人生の片鱗を感じさせてくれました。</p>

<p>実は、一昨日土曜日に、有楽町で高齢者の事業にかかわる会議があって、終わってから、一人ポツネンと有楽町を帰路に向かう途中映画を観たくなって、「アイガー北壁」を観ました。イヤーきつい映画でした。</p>

<p>夢も希望も断たれるストリー。・・・で、お口直しの映画を観たくなって、「新しい人生のはじめかた」でした。</p>

<p>ダスティン・ホフマンは、自分の今まで演じたことがなくて、納得のゆかないストーリーでないと出演しない・・・。今回はどのような主人公か、関心がありました。</p>

<p>日々の診療で患者さんの人生の苦しみと対峙している自分に乾杯し、安らぎを覚える場所と時間。<br />
そのひとつが、有楽町、日比谷で映画を観ることです。</p>

<p>人は、ほんの些細な自分の思い込みを超えて、本当の自分の思いの道、愛の道につけばいつでも　Last Chace をつかめる・・・</p>

<p>と思った。</p>]]>
        
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    <title>ウェブサイトをリニューアルいたしました - 新着情報</title>
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    <id>tag:holos-matsudo.sakura.ne.jp,2011:/news//2.32</id>

    <published>2011-07-02T03:12:00Z</published>
    <updated>2011-09-02T01:25:55Z</updated>

    <summary>ウェブサイトをリニューアルいたしました 今後ともホロス松戸クリニックを 宜しくお...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.holos-matsudo.com/news/">
        <![CDATA[<p>ウェブサイトをリニューアルいたしました</p>

<p>今後ともホロス松戸クリニックを<br />
宜しくお願いいたします。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ウェブサイトをリニューアルいたしました - 院長の日記</title>
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    <id>tag:holos-matsudo.sakura.ne.jp,2011:/blog//4.33</id>

    <published>2011-06-29T01:10:00Z</published>
    <updated>2011-07-05T02:18:39Z</updated>

    <summary>ホロス松戸クリニックを よろしくお願いします...</summary>
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        <category term="その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>ホロス松戸クリニックを</p>

<p>よろしくお願いします</p>]]>
        
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    <title>NPOマザーズ・アイ - 関連リンク</title>
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    <published>2011-06-24T10:01:36Z</published>
    <updated>2011-06-24T10:02:00Z</updated>

    <summary>NPO法人マザーズ・アイ（Mother&apos;s eye）は、世界の教育に恵まれない子...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.holos-matsudo.com/link/">
        <![CDATA[<p>NPO法人マザーズ・アイ（Mother's eye）は、世界の教育に恵まれない子ども達に教育の機会を提供するために生れました。インドのビハール州のスジャータ村の子供達のために学校をつくる団体｢インド・スジャータ・ボランティア協会｣と連携し、協力と活動を行います。</p>]]>
        
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    <title>日本ホリスティック医学協会 - 関連リンク</title>
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    <published>2011-06-24T10:00:57Z</published>
    <updated>2011-06-24T10:01:23Z</updated>

    <summary>ホリスティックヘルスの普及とホリスティック医学の発展に寄与することを目的としてい...</summary>
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        <![CDATA[<p>ホリスティックヘルスの普及とホリスティック医学の発展に寄与することを目的としているNPO法人です。</p>]]>
        
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    <title>Angelic　トータル・ビューティー 	 - 関連リンク</title>
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    <published>2011-06-24T09:59:39Z</published>
    <updated>2011-06-24T10:00:39Z</updated>

    <summary>当院と提携のエステサロン。体と心を美しくし、人生を幸せにします。...</summary>
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        <category term="アロマ・エステ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>当院と提携のエステサロン。体と心を美しくし、人生を幸せにします。</p>]]>
        
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